日経サステナブルリンクで中小企業にも寄り添う
一般社団法人サステナビリティ経営研究所 代表理事 冨田秀実氏
ソニー時代に学んだ業界共通ルールの重要性
――ソニーの化学物質管理を担当された経験があると伺いました。
「もともと研究者として入社したのですが、LCAの概念が普及し、家電リサイクル法の施行も施行されましたので、サプライチェーン、バリューチェーンを意識した『拡大生産者責任』の概念の重要性は理解していました。直接的にサステナビリティに携わったのは2000年に環境関連の部署に配属になってからです。ちょうどEUで電気電子機器に含まれる有害化学物質の使用を規制するRoHS指令の発効が間近に迫り、ソニーの一部製品から意図していない管理対象物質が検出されたことで喫緊の対策が求められた時期でした」
「調達部材に禁止物質が混入していないか、サプライヤーに検査してもらい、データの提出をお願いすることや工場での化学物質管理の状態を監査する取り組みを強化したわけですが、サプライヤーにはこれまでにない新たな負担を強いることになり、業界全体が大騒ぎになったのを覚えています。サプライヤーはソニー以外のメーカーにも供給しているわけで、メーカーそれぞれのやり方でサプライヤーに対応を求めれば作業量は膨大です。業界共通のルール作りが必要ではないか、という話を日本のメーカー数社と話をして、実際に標準化を進めました」
ハイレベルで緻密な大企業向けガイドラインの限界
――環境からCSRへ、共通ルールの取り組みを広げていったのですね。
「化学物質管理含めた環境戦略を3年ほど経験し、新たに設立されたCSR担当部署に異動しました。化学物質だけでなく労働・人権問題なども調査の対象に加わるなら、最初から業界共通化の取り組みを進めないと大変なことになるのはわかっていましたので、米国のITメーカーやEMS各社が参画する団体RBA(当時はEICC)の設立準備段階から議論に参画しました。今ではほとんどの業界の大手企業が参加しています。日本ではJEITA(電子情報技術産業協会)でもRBAに準拠したガイドラインの策定の動きがあり、私も参加させて頂きました」
「業界を代表するグローバル企業が構築した国際的なガイドラインは、内容がハイレベルで設問の作り方も詳細で緻密です。設問数は数百問にも上り、回答するのに膨大なデータをそろえて専門的な知識も求められます。大企業のサプライヤーはなんとか対応することができますが、特にサプライチェーンの裾野にいる中小規模の企業には到底対応できない内容です。日本では下請法などの法制度もありますので、いかに裾野に浸透させるかが大きな課題として残りました」
産業の「裾野」まで浸透させる役割を
――日経サステブルリンクに対する思いがあれば教えてください。
「いかに中小規模の企業にもサステナビリティの取り組みが重要なのかを深く理解して頂き、対応できる調査・確認方法を確立していくかが大きな課題です。化学物質や人権問題などだけでなく、気候変動の『スコープ3』の把握を義務化する流れがありますし、さらに対応が求められるサステナビリティの領域は広がることがわかっています。多岐にわたる調査をいかに効率化するかを考えれば、まず共通化した調査を浸透させなければなりません。特に日本の産業界では『日経』ブランドに深い親しみを持っています。そういう意味でも、日経サステナブルリンクは日本の産業のすそ野までサステナビリティの取り組みを浸透させる大きな役割を担うのだと思います」
「電気電子機器業界のガイドライン作りからすでに20年経過していますが、法規制の強化など様々な変化に対応して、ようやく完成に近づいていると感じます。共通のルール作りを浸透させるには10年、20年かかるものです。これからもサステナビリティに関わる法制度などは変化していくでしょう。日経サステナブルリンクも変化に対応し、企業との対話を続けて進化させていくことが重要です」
――最後に、日本企業がサステナビリティの取り組みを一層進化させるために、何が必要だとお感じですか。
「基準作り、ルール作りの段階からもっと国際的な議論の場に参加するべきだと思っています。私自身、『GRIスタンダート』の策定や『社会的責任』に関するISOのワーキングチームなどに参加させて頂きました。特にISOでは欧米だけでなく、中東やアフリアカのメンバーの意見も聞けますので、非常に勉強になりました。規格ができてから対応するのが日本企業の姿勢です。そうではなく規格ができる前から、自社のリスクやビジネスチャンスにつながる可能性がある課題を自ら発掘し、検証する姿勢が大切です。企業は若い優秀な人材を活かし、海外で『技術渉外』の取り組みを強化すべきだと感じています」
一般社団法人サステナビリティ経営研究所代表理事 冨田 秀実氏
東京大学工学部物理工学科卒、プリンストン大学工学部化学工学修士修了。
ソニー株式会社で、中央研究所で材料物性、環境技術の研究に携わる。その後、欧州環境センター勤務、環境戦略室長を経て、2003年のCSR部発足当初から統括部長を約10年務める。その間、ソニーグループへのCSRマネジメントの導入、レポーティング、投資家やNGO等とのステークホルダーエンゲージメント、NGOとの連携プロジェクト、EICC(現RBA)の立ち上げを含むCSR調達などCSR全般の統括責任者を務める。
2013年ロイドレジスター クオリティアシュアランス (LRQA) 入社を経て、2016年より、ロイドレジスタージャパン株式会社取締役。
この間、政府の委員会、国際的な規格等への参画多数。