日経サステナブルリンクで企業のフェアバリューを探る
りそなアセットマネジメント常務執行役員 松原稔氏 (日経サステナブルリンク・アドバイザリーボード)
進み始めた「非財務情報の企業価値への統合化」
――資本市場から企業のサステナビリティの重要性をどうとらえていますか。
「企業経営者はより多くのステークホルダーに価値を提供することが経営の持続可能性につながると考えています。投資家は短期で株価に織り込まれる財務情報などの『見える価値』を重視しますが、経営者は『見えない価値』も重要だと考えているわけです。これを見えるようにする試みが『非財務情報の企業価値への統合化』です。しかし、企業は投資家に対して説明責任を十分に果たせていませんでした。環境報告書やサステナビリティ報告書の開示内容は投資家向けに編成されておらず、投資家も消化しきれないままでした」
「ようやく有価証券報告書で非財務情報を開示する企業が増え、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が共通の開示ルールの草案を発表し、比較可能な開示環境が整いつつあります。企業も投資家も非財務情報の企業価値への統合化の必要性を意識し始めました。実際に財務と非財務が融合するには多くの時間を要するでしょうが、一方で現在の動きは資本市場に大きな『地殻変動』のきっかけになるとも感じています」
「見える化」から始まる新たな価値創造
――サプライチェーン全体のサステナビリティを重視するのはなぜですか。
「これまで企業は地域や国に守られ、法規制などのルールの範囲内でビジネスを展開する存在でした。しかし世界中に網の目のようなサプライチェーンを展開し、売上規模が一国のGDPをはるかに上回る巨大な『生命体』に進化した企業も誕生しています。グローバル社会全体に影響を与える存在となった分、社会的責任の範囲も広がっています。昨年のトヨタ自動車の株主総会で海外の機関投資家が、気候変動に関するロビー活動を強化するよう経営陣に求めました。これは一自動車メーカーとしてではなく、世界のリーダーとしての役割を求めた象徴的な出来事でした。社会は企業にリーダーとして役割を期待しています。社会のリーダーとして企業経営者は、まず自社が社会の中でどのような存在かを知り、『どうあるべきか』を考えなくてはなりません。そのためにはサプライチェーンでどのようなステークホルダーと共生し、相互依存関係を構築しているかを知る必要があります」
「『見える化』ができてはじめて『価値化』の段階に入ります。社会の中での自社の存在を知れば、自社ならではの社会貢献をビジネスとして展開することができるわけです。価値化が実現すれば、資本市場に対して「見えない価値」とされてきた非財務情報と企業価値向上との関係を具体的に示すことができるでしょう。自社のフェアバリューを資本市場にしっかりと説明できるようになるのです」
まず日経サステナブルリンクで自社の「全身」をスキャン
――「日経サステナブルリンク」はどのような役割を担うべきですか。
「健康診断に例えれば全身をCTスキャンするイメージでしょうか。自社が社会の中で、どのような『生命体』であるかを『見える化』するためのツールです。大切なのは『自分を知る』ことが目的であり、サプライヤー企業を『評価する』ためのものではありません。どんなに小さな取引先も価値を提供してもらっている存在ですから、支えあっていかなければなりません。一方、サプライヤー企業もサプライチェーンという生態系の中で生きている以上、社会・環境との共生に力を注がなくてはなりません 。」
「日経サステナブルリンクで社会の中での相互依存関係を『見える化』することが、より良い経営判断につながることが理想です。どんなに調査しても、全てを明らかにすることができないでしょうが、 経営者は未来を想像し、判断することができます。刻々と変わる世界情勢を読み、想像し、決断する一国のリーダーと同じです」
――企業と投資家の関係性は、これから徐々に変わっていくのですね。
「投資家が非財務情報と財務情報を区別せず、企業価値としてとらえるようになる時にはESG投資がスタンダードになっているのでしょう。全く異なる文化を持つ両者ですから、葛藤を超えて順応していくには相当な時間を要するのは確かです。ただ、投資家も「儲けるのが上手い」企業より、「儲け続けるのが上手い」企業を評価し始めています。儲け続けられる企業とは、社会からの負託に応え続けることができる企業です。企業のサステナビリティの取り組みの重要性は増していくのでしょう」
りそなアセットマネジメント常務執行役員 松原稔氏
りそなアセットマネジメント チーフ・サステナビリティ・オフィサー 責任投資部担当常務執行役員。1991年にりそな銀行に入行し、投資開発室及び公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部、アセットマネジメント部で運用管理、企画、責任投資を担当。2020年1月にりそなアセットマネジメント責任投資部長に就任し、23年8月より現職。経済産業省「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)」委員、日本国際博覧会協会「持続可能性有識者委員会」委員なども務める。