――企業のサステナビリティ情報の開示の動向をどのように見ていますか。
「多くの日本企業は欧州のサステナブル・ファイナンスをめぐる規制や、資本市場での非財務情報開示を求める動き、あるいはそれに伴い制度改正に対応している印象です。要は「外圧」に対応した取り組みで、ともすると過剰に反応し、必要ない対応まで進めてしまうリスクがあります。本来は自ら、自社が社会・環境にどのような影響を与えているかを調べ、ポリシーを持って行動することが重要です。これからの企業は社会に貢献すると同時に、儲ける力も強くしなければ生き残れません。儲ける力がなければ社会に貢献し続けられないからです。この『両輪の経営』を実現するために、まずは社会・環境の中で自社がどのような存在か、しっかり知ることが大切です」
「日本では古くから『三方良し』のように企業の社会貢献が重視されてきましたが、現在ではその説明責任の範囲がどんどん広がっています。具体的には企業グループ内だけでなく、サプライチェーン全体に目配りする必要があります。仮に取引先が社会・環境にネガティブな影響を与えていたとして、それを『自社には関係ない』と取引先に責任を押し付けて終わる時代ではありません。サプライチェーン内で起きている問題を、NGOやメディアといった外部から指摘されるまで知らなかったという事態となれば、本業に甚大な影響が出ます。それは最近の企業の不祥事を見れば明らかです」
――サプライチェーンのサステナビリティを把握するために重要なことは。
「企業にはサプライチェーン全体で社会・環境にどのような影響を与えているのか説明する責任があるわけですが、それを把握するインフラの整備が追い付いていないのが実情です。A社もB社もC社も、それぞれ独自の調査票を取引先に送付し回答を求めています。取引先は異なる調査票すべてに回答するだけで精一杯で、調査で見えた課題への対応が進まないわけです。調査の実効性を保ちながら作業を効率化するには、共通のインフラが必要だとの指摘は10年以上前からありましたが、改善されていないのです」
「日経サステナブルリンクを立ち上げるお話を伺った際に、私はサプライチェーンの実態把握のインフラになり得ると感じました。これまでバラバラだった調査内容を共通化できれば、回答する側の作業は効率化できると同時に、比較可能なデータが取得できます。サプライチェーンの中でどの取り組みが進んでいて、どこに課題があるのかも把握でるようになります。調査を通じてサステナビリティの重要性を認識し、積極的に取り組むサプライヤーが見えてくるでしょう。規模の小さい企業でもサステナビリティに関する評価が高まり、結果的に企業として成長するチャンスを得るようになります」
――サステナビリティの取り組みは企業経営をどのように変えていきますか。
「社会や環境の課題に対して自社はどのような資源・資本を保有しており、それらを貢献にどのように結びつけていくべきか、その道筋を見い出せれば、その企業は中長期の成長戦略を描くことができます。しかし現状は、企業はどうしても目先の利益を優先せざるを得ない状況にあります。社会や環境課題に対して自社がどのように貢献していくべきかを定義し、その取り組みを定点で測定し、それをステークホルダーに伝えることが十分にできていないためです。
企業が成長を持続させるには短期の利益にとどまらず、多くのステークホルダーとの関係性を重視する「ステークホルダー資本主義」への移行が必要だと世界中の企業が認識し始めていますが、その移行に成功できている企業は決して多くはありません」
――事業を通じた社会貢献を「パーパス」として掲げる日本企業が増えていますが、進め方に課題があるのでしょうか。
「日本企業はこれまでも『ミッション経営』『ビジョン経営』と謳って、社会貢献と企業の成長を連動させようとしてきました。しかし多くの企業は掛け声だけで終わっている印象です。本来は目指すべきアウトカムを設定し、実現するためのインプットを試行錯誤するサイエンティフィックなアプローチが必要ですが、それが十分にできていません」
「パーパスを社員一人ひとり浸透させる取り組みも不十分でしたが、最近では社内浸透に力を入れる企業が増えています。例えば積水ハウスは社会・環境の課題を解決できるビジネスモデルを社員から提案させ、優秀なアイデアには予算を付けて実践させています。社員一人ひとりが試行錯誤を繰り返して、社会貢献と企業の成長の両立を目指しています。こうした企業が増えれば、欧米でも定着していないステークホルダー資本主義のモデルを日本から発信できるでしょう。日経サステナブルリンクは、パーパスをサプライチェーン全体に浸透させるツールとしても有用なのだと感じています」