一環境問題など社会課題に対する企業の対応は、この10年をみても大きく変わりました。
「これまで、企業はサステナビリティの取り組みを、 法令順守、 コンプライアンスの一環として、あるいは『社会貢献』として行ってきました。 しかし今や、サステナビリティの取り組みは、法令順守や社会貢献にとどまらず、 自社の経営課題として向き合うことが当たり前の時代になっています。自社の事業所だけでなく、そのサプライチェーン、パリューチェーン全体を把握し、リスクと機会を識別し、適切に対応しなければなりません。現在は気候変動が主要テーマですが、 生物多様性などもこうした課題として認識され、取り組みが進み始めています」
「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言を機に進展してきたサステナビリティ開示は、主要国において義務化の動きが広がっています。日本でも、金融庁が2023年3月期から企業に対し、気候変動などサステナビリティ課題への対応に関する情報を有価証券報告書(有報)に記載するよう求めています。2027年3月期をめどに時価総額の大きなプライム上場企業から開示を段階的に義務化する方向で検討が進んでいます。有報は企業にとって投資家への説明責任を果たす重要なツールです。その中で気候変動などサステナピリティ情報を開示することは、こうしたサステナビリティの取り組みを企業の経営課題と位置付ける象徴的な動きといえます」
ー開示を巡る動きとして注目しているボイントがあれば教えてください。
「企業にとっての開示の意義の一つは、社会課題をきっかけに社会の中長期的な変化を見据えて、経営のかじ取りに生かすことにあると考えます。社会が変われば法規制もマーケットも必要とされる技術も変わります。そうした変化に備えてサプライチェーン上のリスクや課題を把握し、経営体質の強化につなげる。開示とはそのためのツールととらえるべきです。特に開示が義務になると、開示そのものが目的になりがちですが、そうなってしまわないようにすべきです」
「機関投資家も、例えばスコープ3の排出量を1トン単位まで精密に求めることよりも、開示を通じてその企業がサプライチェーン上にどのようなリスクを抱え、逆にどのようなビジネスチャンスがあるのかを、一定のエピデンスとなるデータとともに把握したいのだと思います」
ー開示の取り組みの課題をどのようにお考えですか。
「サステナビリティ開示の動きは本格化してからまだ数年で、試行錯誤の状況です。多くの企業が気にかけているのは、開示に伴う負担をできるだけ小さくしたいということです。 調査を受けるサプライヤー側は、異なるフォーマットの調査票が殺到し対応に苦慮していると聞きます。調査する側も膨大なデータの処理に、今まで以上の経営資源を投入しなければならなくなっています」
「今後は、気候変動だけでなく、水や森林、生物多様性なども開示の対象になってくるでしょう。気候変動の場合の『物差し』は二醸化炭素ですが、自然や生態系への負荷を計るとなると多様な『物差し』が必要となりえます。さらに、『水』や『森林』といっても日本とアジア諸国では意味合いが全く異なります。企業の調査負担は気候変動とは比べ物にならないほど大きい。日経サステナブルリンクのように、企菓の負担をできるだけ小さくするサービスが求められると思います」
—日経サステナプルリンクがどのように進化していくことを期待していますか。
「開示の基準は、その経験の積み重ねを踏まえて、現状からも変わるところもでてくる。気候変動から自然資本、生物多様性などにも広がっていくでしょう。企業も投資家とのコミュニケーションに役立つ開示を工夫していくでしょう。開示の在り方が進化する前提で、調査もチューンナップしていかなければなりません。日経サステナプルリンクは実際に活用する企業と対話を続け、知恵を取り入れる前提で設計されている点を評価しています」
「調査票に『あれも盛り込みたい、これも盛り込みたい』と考えがちですが、調査する側、される側双方の負担が重くなってしまいます。まずはベーシックな項目から始め、企業の声を聞きながら調査項目を進化させていく。例えば化学物質や鉱物などを調達し使用している企業にとっては非常に重要な調査項目になるのですが、企業によって使用する物質や鉱物も異なります。それならモジュール式にして、必要な調査項目を企業が選び、組み合わせていく方がいいのでは、といったアイデアもあり得ます。このように企業の声をふまえて、日経サステナブルリンクが進化していくことを期待しています」
専門は国際法学・環境法学。京都大学法学部卒業。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。龍谷大学教授、名古屋大学大学院教授、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)教授などを経て、2019年4月より現職。 ロンドン大学客員研究員 (2000~2001年)。国際環境条約に閲する法的問題、気候変動とエネルギーに閲する法政策などを研究対象とする。主な編著書に、『環境規制の現代的展開』、『気候変動政策のダイナミズム』、『気候変動と国際協調』など。
サステナビリティ情報開示の基準を策定するサステナピリティ基準委員会(SSBJ)委員、東京都環境審議会会長、アジア開発組行の気候変動と持続可能な発展に関する諮問グループ委員なども務める。中央環境審議会会長(2021年2月~2025年2月)、再生可能エネルギー買取制度調連価格等算定委員会委員 (2015年3月~2024年2月。2021年3月からは委員長)も務めた。 『Sustainability science』誌、 『Climate Policy』誌の編集委員。2018年度環境保全功労者環境大臣賞受賞。